仕事とは③

飲みに出たいなと思うこと、どれくらい時間が経っただろうか。

自分個人としては、私的な飲みはもちろんなのだが、会社の付き合いとしての飲みもそれなりに好きだ。まあ、気遣ってくれる人が周りに多いからこそ、好きだと言えるのかもしれないが。

 

一区切りしたら飲みたいと、ずっと考えている。ただ、社会情勢というものがある。行けないことは理解している。

あと1年、2年とか長期的に難しいと理解しなければならないのかもしれない。我慢できるだろうが、それでも、仕事の一環みたいなものかもしれないが、たまにはと思うものもあるのだ。

 

今しばらく、我慢の時。飲みの不思議な感覚。それももうしばらくお預けだ。

しこたま我慢して、いずれ。今は、それでいい。その時には我慢を解放して・・・

時間がないと言いながら

今年もGWが来た!春の陽気も少しずつ暖かみを帯び始め、ほんのり汗ばむ季節になろうかとしている。外出日和だ。

 

でもーー

そんなウキウキする気分、今年は乏しいなと感じてしまう。

期間中は雨模様かつコロナ禍による外出自粛、あとスケジュール的に休暇を入れなければ5連続休暇しか取得できないことが、そんな気持ちになってしまう理由なのだ。

 

とはいえ、楽しみたい気分は例年を超えて感じている。あれをしたい、これをしたい・・・時間が足りないくらいに、やることの計画は立てている(いた?)のだ。それでも計画通り行かないのが計画である。今はGW3日目。今のところ、やりたいと思っていたことは家の掃除くらいしかできていない。

 

そういうものだと達観してしまえば多少も気が晴れるが、この休暇を逃してしまえばしばらくの間は手を出すことが難しそうで、今しなければいつやる、ような類のもの。とはいえ、もはやまあいいか、また今度にしようとも諦めの感情すら芽生え始めていて、自身のやる気の変動っぷりにため息が出る。

 

残りの休みはすでに折り返しを終えていて、あと2日と少々しかない。

「時間を有効的に」も「人生一度きり」だとか理解しつつとも、今できないことは、そりゃたくさんある。

折り合いをつけながらも、できる限りのことはしたいし、それが無理でもしょうがないと思うことにしている。

大丈夫、それで後悔はしないから。

あらためて感じるコミュニケーションの難しさ

最近、様々な方面へ助けて欲しいと感じるようになってきた。理由は明確で、繁忙感のある仕事、それでもってプライベートでも疲れが抜けない。

いつでも、「俺がやるよ」と何でも受け入れるスタンスで生きてきたけど、それだとダメだと、最近特に思うようになってきた。体力的な疲労はもちろんのこと、精神的にも疲れを感じているからだ。

自覚しているうちは問題なくて、そうでなくなった時が一番危ないのかもしれないけど、少なくとも、しんどさを体感している。

 

そうなって、周りへ助けを求め始めた。まず第一ステップとしては、仕事を安請け合いしないこと。だめなものにはきちんと「No」を出すことで仕事を増やさず、自分の仕事を整理できるからだ。

次のステップとしては、周りへ仕事をふること。振られた側も、その趣旨を理解できればそれをきちんとこなしてくれるし、任されたい、任せたいの関係ができればwin-winだろう。

 

しんどい時はきちんと周りと協力して、でもそれが難しいことでもあって、なかなか一筋縄ではいかないけど、誠実にコミュニケーションを取りながら、生きていきたいものだ。

 

 

もうすぐGW

世の中では、あと1週間経たないうちにGWとなるが、今のところ、自身の能動的な休暇はまだ手の届きそうにないところにある。

 

まだまだ忙しいということだ。

仕事の山あり谷ありという事象は、それは仕方がないものだと理解している。ただ、その山あい谷あいが非常に極端で、今はその頭頂部に位置していると捉えてもおかしくはない。

色々と直したい箇所はあって、思いとしてはかなり強いものがあるんだけどなあ。

 

いつ何時考えても、やっぱり変わらずこのまま月日が過ぎていきそうな、そんな感覚。自身のちっぽけな行動力からは、何も変えられそうにないという脱力感さえある。

 

何を言おうが、変わらないということは知っているけれど・・・

それでも今日も、明日も、その先も走り抜けていく必要があるようだ。

 

三重苦

少し、体調を崩した。

その体調不良もすぐに快方へ向かったのだが、いかんせん全快には程遠い。良くない自分の活動履歴として、すぐに調子づいて睡眠時間を削ったり、あくせく働いてしっかり休憩しなかったりと、そりゃ万全になるべくとるべき行動を省いているよなと感じる。

 

そんな自身の行動のせいではあるのだが、もっと頑張る必要がある、疲れやすくなっており長時間集中できない、体を休める時間をも取れない、と負のスパイラルに陥ってしまい、辛い状況なのだ。

頑張る状況といえど、疲労感でここ最近は体がうまく動かない。回復しきっていない感覚が体に残っているし、回復するための時間も十分に確保できない。でも頑張る必要があるのだ。

 

もう、睡眠を確保したい!

そんなこんなであり、少なくともGWまではあと2週間、合間を縫って休みながら、走り抜ける必要がある。もう、体はしんどいけれど、やり切らねば・・・

 

伝わらないことへの戸惑い

一を伝えて、二までできる人がいれば、一つもできない人もいる。人間人それぞれ。人の特性がどっちに傾こうが、それは個人差であり、選択制でないことは仕方がない部分だ。

ただ、どちらか一方が当然と思ってしまうと、残り一方を見る目が変わってしまう。伝えようと思っていたことが伝わっていないことも然り、伝えたことを伝えた以上に進めてしまうような事柄について、どちらが必ず良いとも限らない。

時と場合にもより、さらに人と外部要因にもよる。すなわち状況による、というしごく利用が容易な言い回しによることでもあるように、非常に臨機応変さが必要とされる。

 

情報伝達は、本当に難しい。特に、『人による』の人は、もちろんその人の性格の部分、日による体調、忙しさなどで大きく異なる。

受け手と伝え手。どちらも人間であり、高等な情報伝達手段を有しながらも、それをうまく使いこなせていないとすら感じる。

現に自分も、コミュニケーションの面で、まだまだだと感じる。もっと、高みを目指して、挫けずに、目の前の一人一人に向き合っていきたい。

自分の体を労って!

兆しもなく、体に不調が現れた。終始頭痛。寝たら治るタイプではない。

迷いに迷って医者にかかると、薬をくれて、それで一定値回復することができた。でも、なんの前兆もなく不調が訪れたのかというと、そうでもない。

度重なる残業。後がない仕事で精神的にもしんどいと思うことも多数。そんな中の体調不良。生活リズムを改善すべきという報せなのかもしれない。仕事はメリハリを、プライベートはお酒に注意と。

自分の体なんだから、どうしたっていいというのは、それも一つの考えかもしれない。でも、他人と共生していることがある面、それは自分だけのものではないのだ。そのことをしっかり理解して、困ったら一呼吸。そして、明日から元気に生きていきたいと思う今日この頃だ。